数値の先にある「感じる」豊かさ|亜熱帯の建築「詞」

読了時間 約4分

本土とは異なる気候に属する沖縄建築は、これからどう変化するのだろうか。県内建築家の建築観やアマハジなど独自の沖縄建築の詞(ことば)が蓄積されてきた。本連載は日本建築家協会沖縄支部の会員らがそれぞれの観点から、「亜熱帯の建築『詞』」について考える。今回は松田まり子さんが数値だけにとらわれず、風土を生かした豊かな住まいについて語る。(文・写真/松田まり子  日本建築家協会沖縄支部会員、合同会社松田まり子建築設計事務所)


私たちは、ふとした瞬間に息をのむほど美しい光に出合うことがあります。それは、まだ何もない工事中の現場に差し込む一筋の光であったり、激しいスコールのあとの虹のひとときであったり、水たまりに反射した光の揺らめきであったり、あるいは夜、部屋の明かりをふっと消した瞬間に浮かび上がる月影であったりします。

沖縄の日射は非常に強く、影の境界をくっきりと空間に描き出します。その鮮烈な光に魅了される一方で、逆に光を失った陰影の深い空間にも、どこか静けさと心を静める安らぎを感じることがあります。

強烈な美しさを持つ太陽は時として苛烈な熱をもたらし、住まいの環境を脅かす存在にもなり得ます。

住宅中央に設けたらせん階段。変化する空模様を切り取りながら、心地良い明るさと陰影が彩りを添える

風土の恵みを身近に

確かに、日差しを徹底的に遮れば冷房負荷は下がり、省エネ性能の数値は向上します。

しかし、単に光や熱を締め出すために、遮ることだけを追求してしまうと、私たちは住まいから「何か大切なもの」を失ってしまうのではないでしょうか。

環境シミュレーション技術が進んだ現代は、熱量やエネルギー消費量を計算し、数値によって環境の快適性を客観的に示せるようになりました。それは建築設計において非常に重要なプロセスです。

しかし今、私たちが真に問われているのは、その数値とともに「空間をどのように肌で感じるか」ということではないでしょうか。その身体感覚こそが、住まいの豊かな質感を生み出す鍵になると信じています。

階段をただの動線とせず、光や風が通り抜ける形状とした

天窓から陽光が降り注ぐ洗面室。柔らかな光が室内を包み込みつつ、湿気を逃がす。洗面台は左官で仕上げ、世界に一つのオリジナル仕様に

季節や気分に応じた家

太陽の光を、住まい手が日常の一部のように自由に操れる住まい方。

沖縄は海洋性気候で酷暑となることも少なく、氷点下になることがないため、外気との気温差に対応する環境設計よりも、太陽の動きや日射熱を意識した設計が重要です。つまり、より建物の方位や窓の配置、流れる風など敷地の特性に寄り添う設計が求められます。

寒い季節には温かな光を抱き込み、暑い季節には涼やかな影をつくる。そして湿気を逃したいときには、狙った場所に光と風を導く。季節やその日の気分に合わせて光の表情を変える住まいは、住む人の心にも確かな彩りを与えてくれます。

一筋の光が差し込むしっくい壁。住まいに豊かな表情を生み出すだけではなく、太陽の熱により湿度による害を低減させる効果が期待できる

光と空間 肌で体験

建築というものは、図面や数値、あるいは写真だけではとらえきれない「実際の空間を体験して初めてわかること」がたくさんあります。

地球上の全人類の幸せの源はもしかすると、こうした自然の光の美しさを素直に感じ取ることの中にあるのかもしれません。見上げる空の青さ、静かに降り注ぐ月の光、一瞬ごとに表情を変える朝日や夕焼け。慌ただしい日々の中で、私たちはそうしたかけがえのない美しい瞬間を見逃してはいないでしょうか。

執筆者プロフィル

まつだ・まりこ/那覇生まれ。2000年に東京都市大学(前:武蔵工業大学)工学部建築学科を卒業。沖縄・東京で建築設計を学ぶ。NPO法人蒸暑地域住まいの研究会の理事長を務めた後、19年に松田まり子建築設計事務所を設立。26年から合同会社に法人化。
【問い合わせ】合同会社松田まり子建築設計事務所、電話090(8291)5256


毎週金曜日発行「週刊タイムス住宅新聞」亜熱帯の建築「詞」(2)
第2119号(2026年8月14日発行)より転載