家と人を、結ぶもの|アジアを旅する建築家が見た沖縄の暮らし

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「ヒヤー、ユイ!!」また、頑張りましょう!と乾杯の音頭が鳴り響いた。(文・写真/本竹功治 建築家)

クメール伝統木造/紫微鑾駕

先日、17年ぶりに復活した津波古の芝居「木曳狂言(きーひちちょうぎん)」の打ち上げに参加させてもらったときのこと。話を聞くと、「ヒヤー」とは皆、「ユイ」とは結ぶという意味なんだそうだ。昔は他の集落から津波古まで、木造の家をまるごと担いで運んできたこともあったそうで、誰かが「ヒヤー」と言い、全員で「ユイ!」と声を揃(そろ)えていく。津波古の旗頭にもある「共同一致」を掛け声にして力を合わせて鼓舞していたんだと、教えてもらった。

生きる伝統「ヤントラ」

その話を聞いて、アジアを旅していたころのことを思いだした。カンボジア農村部には、高床式の古い木造住宅がまだ残っていて、大人が数十人集まれば家ごと移動することもできる造りになっている。急な道路の拡張やメコン河の氾濫など、環境の変化にも柔軟に対応していく。僕が旅の途中で出合った家では、住人や家財道具を乗せたまま家全体を持ち上げて固定し、その間に少し下がった場所へと基礎ごと引っ越す準備をしていたのだ。まるで部屋の模様替えをするような身軽さで!! 近所の皆(みんな)が集まって手伝っていて、村全体の一大行事のようだった=写真。

クラチエ州にある小さな村はメコン河沿いにあり、雨期の増水による洪水被害を避けるため、家ごと持ち上げて基礎を高くすることもある

しかし、カンボジア農村部でも伝統的な木造住宅は年々少なくなっていると、カンボジア人建築家の知人ホック・ソコールは嘆く。彼は伝統木造の技術だけでなく、その土地に伝わる建築儀礼もまた現代に結び直そうとしている一人だ。その一つに、日本でも馴染(なじ)みのある棟上げ式に通ずる、柱立てという儀礼がある。

現場では、祈祷(きとう)師が守護の文字を記した「ヤントラ」と呼ばれる白と赤の布を祈り清める。赤いヤントラは蓮(はす)の葉などとともに柱の足元へ納められ、天から災いが入らぬよう家を守るとされる。柱を立てる瞬間には村の人々も加わり、皆で力を合わせて立ち上げていくのだ。

彼の仕事を見ていると、家をつくることは土地に宿る記憶や祖先と、そこに暮らす家族や村での生活をもう一度結び直していくことなのだと思う。彼は建築図面には描くことのできない「生きる伝統」そのものをカタチにしていく=写真。

シェムリアップ州にあるホック・ソコール設計の住宅。伝統的な工法だけでなく土地に伝わる方位観なども調査し、取り入れている

紫微鑾駕って?

沖縄にも、よく似た儀礼が残っている。森の校舎では棟が上がった後、棟木に「紫微鑾駕(しびらんか)」という四文字が書かれた板を、子の方(ニヌファ)=北向きに据え付けてもらった=写真。

森の校舎の紫微鑾駕は、三線の師匠でもある宮城竹茂氏に揮毫(きごう)してもらった。棟木に掲げられた文字はさすがの達筆

「紫微(しび)」とは、北極星(にぬふぁぶし)を表す北極紫微大帝のことを指し、「鑾駕(らんか)」とは輿(こし)を意味するそうだ。天にいる神様を建物へと迎え、災いから守ってもらうのだ。この日は、珊瑚(さんご)舎スコーレの全生徒が校舎に集まり、皆で祈願をしたあとは歌って踊って嘉例(かりー)をつけてもらった。

昔、まだGPSもないころ。夜の海を走る舟は、「てぃんさぐぬ花」にも「夜走(ゆるは)らす舟(ふに)や 子(に)ぬ方星(ふぁぶし)見当(みあ)てぃ」とあるように、動かない北極星を頼りに進んでいった。星がどんな暗い海でも道を指し示すように、沖縄の紫微鑾駕も、カンボジアのヤントラも、迷ったときに立ち戻る場所を、そっと教えてくれているのかもしれない。

建築の形や技術は変わっていく。それでも、土地や家族や地域を結び直し、共に暮らす人たちの心を一つにする道しるべのような建築の儀礼や営みは、これからも、僕たちには必要なのかもしれない。
 「ヒヤー!」の声に、いつでも応えられるように。

執筆者プロフィル

もとたけ・こうじ/アジアを旅する建築家。現在は津波古区を拠点に珊瑚舎キッズスコーレ森の校舎づくりなど地域の活動に関わる。本竹さんの過去記事はこちら


毎週金曜日発行「週刊タイムス住宅新聞」アジアを旅する建築家が見た沖縄の暮らし(7)
第2126号(2026年10月2日発行)より転載