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「おつかれさま、ありがとう~」。50年ほど前の津波古。まだ夜明けにはほど遠い時間に、挨拶(あいさつ)が飛び交う。(文・写真/本竹功治 建築家)
班対抗運動会/あけづ組・はべる組
この日は津波古区の班対抗運動会だ。家ごとに5、6個ほど配るおにぎりの数は各班で500個以上。台所では米を計量する人、洗う人、野菜を切る人、庭では薪(まき)を集める人、ドラム缶を加工したカマドに火をくべる人、皆に仕事が分担されていく。準備が整うと大きな四枚鍋(しんめーなーび)で一斉にジューシーを炊く。夜中の3時にはアンマーたちの運動会が始まっていた。

各班ごとに管理している倉庫で20年以上も出番を待っている炊き出しの道具類。アンマージューシーを一度食べてみたいものだ
「アンマー頭」って?
嫁いできて、右も左もわからない新入りにもお構いなしだ。どんどん仕事をふっていく。その指揮をとるのは、アンマーたちのまとめ役「アンマー頭(がしら)」だ。「私ひとりじゃ何もできないからさ、みんなが手伝ってくれたの」と当時アンマー頭を務めていた城間ひろこさん。ひろこさんが言うには、ジューシーは大量に炊くほど不思議とおいしく仕上がるのだそう。炊き上がると大急ぎでアチアチと、おにぎりを握っていく。汗だくで手を動かしながらも、ユンタクが止まらない。班での炊き出しは、もう数十年は行われていないそうだが、自然と仲良くなっていくアンマーたちの姿が目に浮かぶ。
アンマー頭やってよかったですか? と聞くと、「友達がたくさんできたからね」。でも、「ほんとうに大変だった!」と笑って答えてくれた。もちろん、女性に仕事が集中していることや、参加しないとは言いづらい雰囲気もあっただろう。現代の社会では、それが地域に参加するハードルを高くしてしまうこともあると思う。
それでも、年齢も経験も違うみんなが集まり仲良くなれたのはなぜだろう? 当たり前のように聞こえるが、そこにはすっと垣根(バリアー)を越えて相手をおもんばかる「おつかれさま」と「ありがとう」の言葉があったからだと感じている。
誰かと誰かをつなぐ橋
ところで、珊瑚舎キッズスコーレ森の校舎はほぼ完成し、キッズたちが思い思いに過ごしはじめている。「あけづ組」と「はべる組」の二つのクラスがあり、4歳から9歳までの子どもたちが1つ屋根の下にいる。こちらで遊んでいた子があちらに行ったり、気がつけばまたこっちに戻っていたり。初めは教室を分けた方がいいのかな? と眺めていたが、自分のクラスに居づらいとき、もう一つの時間が隣にあることがわかると互いの距離感がわかってきて、自分の居場所を少しずつ選んでいるようだ。

完成したキッズスコーレ。あけづ組もはべる組も、お昼になると雨端のデッキにみんなで集まり弁当を食べる
ある日の戸締まり。雨戸を引き込もうとするキッズの手が、どうにも届かない。どうするのかな? と見ていると、手伝いに来た子が細い雨戸レールの上を歩き、外側から押し込んだ。
「えっ、そこを歩けるの!?」
人が歩くことなど想定するはずもなく、雨戸がキッズたちの使い勝手を考慮できていなかったことは反省でしかないが…。それでもすっとその困難(バリアー)を超えてしまうキッズの想像力には驚いた。手が届かない子がいて、手伝いに来た子がいる。キッズたちにとっては、誰かが困っていたから自然と体が動いただけのことだったかもしれない。建築家が想定していた使い方なんて、さらっと飛び越えてしまう。

わずか幅5センチの雨戸レールを歩いて渡るキッズたち。建築の機能や仕様なんてキッズたちには関係ない(笑)
森の校舎でキッズたちがクラスを行ったり来たりするときも、アンマーたちが早朝から炊き出しする時も、そこには誰かと誰かをつなぐ、目には見えない橋があるように思う。それは相手を労(いたわ)る言葉かもしれないし、そっと差し伸べる手かもしれない。その橋を渡る日もあれば、少し離れて眺める日もある。そんな距離感を「こころのバリアフリー」と呼びたい。地域ともそんなふうに付き合っていけたらいいなぁ。
今年も残すところ、あとひと月。読者の皆さんにも、「おつかれさま、ありがとう~」。
執筆者プロフィル

もとたけ・こうじ/アジアを旅する建築家。現在は津波古区を拠点に珊瑚舎キッズスコーレ森の校舎づくりなど地域の活動に関わる。本竹さんの過去記事はこちら
毎週金曜日発行「週刊タイムス住宅新聞」アジアを旅する建築家が見た沖縄の暮らし(8)
第2131号(2026年11月6日発行)より転載